【團紀彥】アートと建築の融合|藝術與建築的融合
アートと建築の融合
二〇二六年七月に台湾桃園市の西海岸に「海案」という名のアートワークを作った。以前桃園国際空港の第一ターミナルの設計を行ったことがあったので、桃園は空港を中心とした街だと思っていたのだが、ここの海や山がこんなにも自然に恵まれていることを初めて知った。西の海岸線にはひっそりとした遊歩道が造られており、台湾海峡に沈む夕日がとても美しかった。
台湾国内や海外から招待されたアーティストや建築家によって、この遊歩道沿いには全72作品が制作され、そのうち8作品は建築家によるものである。
今世界では街の公共の場を豊かにするために美術館だけではなく、街の広場や遊歩道などの野外空間にもパブリックアートが作られるようになった。
海案という名前は海のテーブルという意味で、中国語圏では「案」という漢字は足のついた机を意味する言葉であり、その意味は日本には伝えられずに答案や案件という机の上の文書からくる転意だけが伝わったことは面白いと思った。
ところで一般に公開される美術館というものができたのは案外新しく、十八世紀のイタリア、フィレンツェのウフィッツィ美術館の頃だからまだ二百五十年の歴史しかない。それ以前はアーティストも建築家同様に特定の教会や貴族がクライアントで、そのオーダーに応じてそれぞれの場所のために制作を行なっていた。ルネッサンスの頃はアーティストと建築家は兼務することも多く、ラファエルロは画家であるとともに建築家であったし、ミケランジェロもそうだった。そして美術館というものが出現すると瞬く間にアートは固有の場所から切り離されて広く市民に鑑賞されるようになり、アーティストと建築家も次第に職能が分かれるようになった。
そして今再びアートは外に出るようになったのである。美術館と野外。これほど環境の違う空間はなく、美術館が外界と切り離されて整えられたニュートラルな空間であるのに対して、野外の作品は公共の場に置かれ、太陽の運行にも左右され、時には嵐にさらされるようになった。
野外彫刻はそこにすでにある都市や自然の外部環境の文脈と繋がるようになったという意味で、アーティストと建築家が同一であった頃の遺伝子が再び蘇ることになったとも言える。しかしアートと建築が決定的に異なる点は、アートは純粋な価値を身につけたものであり、建築は用・美・強を併せ持つものだと言われるように用途を持ち、美しさも求められながら、地震や台風に耐える強さを持つことが求められるものだ。アートは多くの場合、移動可能であり、貨幣価値とも結びつけられることが多いのに対して、建築は移動することが困難なために美術館の展示物にはなかなかなれないものだった。
桃園市の芸術祭で制作に臨んだ私が考えたことは、美術館の外に出た以上、用途や機能を持たない芸術作品である必要はなく、小さな階段で上に上がれるベンチと海を見るためのテーブルと夕陽を眺めるための窓を設け、それらの建築の断片をつなぎ合わせることで訪れる人たちの憩いの場を作ることだった。そして千変万化する海の景色をアートワークの主題にしたいと思った。
完成した時に子供達が遊んでいて、記念撮影をしている人たちが居るのを見て嬉しかった。その時私は、海案はアートと建築の融合の試みなのだと思った。
藝術與建築的融合
2026 年 7 月,我在台灣桃園市的西海岸創作了一件名為《海案》的藝術作品。
過去,我曾參與桃園國際機場第一航廈的設計,因此一直以為桃園是一座以機場為中心發展的城市。然而,直到這次我才第一次發現,這裡的山海自然竟是如此豐富、美麗。
西側海岸有一條靜謐的濱海步道,夕陽緩緩沉入台灣海峽的景色令人難忘。
本次藝術節邀請了來自台灣及海外的藝術家與建築師參與創作,沿著這條步道共完成了 72 件作品,其中有 8 件是由建築團隊所設計。
如今,世界各地為了豐富城市的公共空間,不再只是將藝術展示於美術館之中,而是開始在城市廣場、濱海步道等戶外公共空間設置公共藝術。
「海案」這個名字,意指「海的桌子」。在中文裡,「案」原本就是指有桌腳的桌子;然而,這個字傳入日本後,原本的意思並沒有流傳下來,反而只留下了如「答案」、「案件」等源自桌上文書的引申義,這點讓我覺得十分有趣。
說起來,向一般大眾開放的美術館其實是相當近代才出現的。從十八世紀義大利佛羅倫斯的烏菲茲美術館算起,也不過只有約兩百五十年的歷史。在那之前,藝術家和建築師一樣,主要都是接受教會或貴族的委託,依照不同場所的需求創作作品。
文藝復興時期,藝術家與建築師經常兼具雙重身分。拉斐爾既是畫家,也是建築師;米開朗基羅亦是如此。
然而,美術館出現之後,藝術很快便脫離了原本所屬的場所,成為能夠被廣大市民欣賞的作品;藝術家與建築師的專業領域,也逐漸分化。
而如今,藝術再次走出了美術館。
美術館與戶外,是兩種截然不同的環境。美術館是一個與外界隔絕、經過精心控制的中性空間;相對地,戶外作品則置身於公共空間之中,受到太陽運行的影響,也時而面對風雨的洗禮。
戶外雕塑必須與既有的城市及自然環境建立連結。從這個意義來看,藝術家與建築師尚未分工時所共有的那份基因,似乎又重新甦醒了。
然而,藝術與建築仍有一項決定性的差異。藝術被認為承載著純粹的價值;而建築則如同人們常說的,必須同時兼具「功能、美感與結構」,除了滿足使用需求、追求美感之外,也必須具備抵抗地震、颱風等自然力量的強度。
藝術作品大多可以移動,也常與市場價值相連結;相較之下,建築因難以移動,因此即使可以成為美術館本身,卻很難成為美術館中的展品。
這次參與桃園地景藝術節時,我思考的是:既然藝術已經走出了美術館,就不一定需要是一件沒有用途、沒有功能的藝術品。
因此,我設計了一座可拾級而上的長椅、一張供人面向大海的桌子,以及一扇欣賞夕陽的窗,並將這些建築的片段串聯起來,創造出一處讓人停留、休憩的場所。
而真正的創作主題,則是眼前那片千變萬化的海景。
作品完成後,我看到孩子們在其中嬉戲,也看見許多人在作品前拍照留念,那一刻令我感到十分欣慰。
那時,我深深感受到,《海案》是一場藝術與建築相互融合的嘗試。
- 文章類型 名人專欄
- 發布日期 2026.08.17
- 發佈單位 團紀彥
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